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東京地方裁判所 平成7年(ワ)16873号 判決

原告

桑原英子

ほか二名

被告

齋藤克徳

ほか二名

主文

一  被告齋藤克徳及び同永田建設株式会社は、各自、原告桑原英子に対し、金三一五万八七二六円、同桑原征英及び同桑原敏満に対し、それぞれ金一六二万九三六三円、並びに、これらに対する平成七年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告大東京火災海上保険株式会社は、原告に対し、被告永田建設株式会社に対する右判決が確定したときは、原告英子に対し、金三一五万八七二六円、原告征英及び同敏満に対し、それぞれ金一六二万九三六三円、並びに、これに対する平成七年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告齋藤克徳及び同永田建設株式会社は、各自、原告桑原英子(以下「原告英子」という。)に対し、金一一三七万一七一四円、原告桑原征英(以下「原告征英」という。)及び同桑原敏満(以下「原告敏満」という。)に対し、それぞれ金五六八万五八五七円、並びに、これらに対する平成七年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告大東京火災海上保険株式会社は、原告に対し、被告齋藤克徳及び同永田建設株式会社に対する右判決が確定したときは、原告英子に対し、金一一三七万一七一四円、原告征英及び同敏満に対し、それぞれ金五六八万五八五七円、並びに、これらに対する平成七年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要(当事者間に争いがない)

一  本件事故の発生

1  事故日時 平成七年一月一七日午前二時二〇分ころ

2  事故現場 千葉県鎌ケ谷市南佐津間一番二三号先路上(以下「本件道路」という。)

3  被告車 普通乗用自動車

運転者 被告齋藤克徳(以下「被告齋藤」という。)

保有者 被告永田建設株式会社(以下「永田建設」という。)

4  事故態様 被告齋藤が、制限時速四〇キロメートルの本件道路を時速約八〇キロメートルで被告車を走行中、赤信号を無視して本件事故現場付近の横断歩道を横断中の訴外亡桑原俊之(当時五三歳、以下、訴外「俊之」という。)と衝突し、訴外俊之は、同日、東邦鎌ケ谷病院で死亡した。

二  責任原因

1  被告齋藤

被告齋藤は、前方を注視し、かつ、制限速度を遵守して進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つて進行した過失によつて本件事故を起こしたのであるから、民法七〇九条により、原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。

2  被告会社

被告会社は、被告車を所有して、運行の用に供していたものであるから、いずれも自動車損害賠償保障法三条により、原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

3  被告大東京火災海上保険株式会社(以下「被告大東京火災」という。)

被告大東京火災は、被告永田建設との間に、左記のとおりの自家用自動車総合保険契約を締結したので、被告齋藤及び同永田建設に対する本判決が確定したときは、原告らに対し、判決で確定した損害額と同額の保険金を支払う義務がある。

(一) 契約者 被告永田建設

(二) 被保険車両 被告車

(三) 保険金額 対人無制限

4  相続

原告英子は、訴外俊之の妻、原告征英及び同敏満は、同人の子であり、同人の相続人であるから、原告英子は二分の一、原告征英及び同敏満は各四分の一づつ、訴外俊之の損害賠償請求権を相続した。

三  争点

本件事故の態様については当事者間に概ね争いがないところ、被告らは、本件においては少なくとも七〇パーセント過失相殺されるべきであると主張しているのに対し、原告らは、過失相殺は三〇パーセントを超えることはないと主張している。

第三損害額の算定

一  訴外俊之の損害

1  逸失利益 三七六七万〇一一二円

(一) 給与相当分

(1) 訴外俊之が、本件事故時、訴外株式会社パルコフーズ(以下「訴外会社」という。)に勤務し、六〇八万七六二〇円の年収を得ていたこと当事者間に争いがないところ、訴外俊之は、本件事故当時五三歳であつたので、訴外会社の退職年齢である満六〇歳までの七年間は、訴外会社に勤務し、毎年六〇八万七六二〇円の得べかりし利益を喪失したものと認められる。その間の、訴外俊之の逸失利益は、右の六〇八万七六二〇円に、生活費を三〇パーセント控除し、七年間のライプニツツ係数五・七八六三を乗じた額である金二四六五万七三五六円と認められる(円未満切り捨て、以下、同様。)。

(2) 次に、訴外俊之は、訴外会社を退職後は、退職金を受領することに鑑みて、訴外会社に勤務中の年間六〇八万七六二〇円と同額の年収を得る蓋然性は認め難く、訴外俊之の収入として蓋然性が認められるのは、賃金センサス平成六年第一巻第一表男子労働者学歴計六〇歳ないし六四歳の平均賃金である四五二万〇五〇〇円と認められる。したがつて、訴外俊之は、満六〇歳から労働可能な年齢である満六七歳まで七年間は、毎年四五二万〇五〇〇円得べかりし利益を喪失したものと認められる。その間の訴外俊之の逸失利益は、右の四五二万〇五〇〇円に、生活費を三〇パーセント控除し、死亡時から六七歳までの一四年間のライプニツツ係数九・八九八六から七年間のライプニツツ係数五・七八六三を減じた四・一一二三を乗じた額である金一三〇一万二七五六円と認められる。

(3) よつて、訴外俊之の給与分の逸失利益は、右の合計三七六七万〇一一二円と認められる。

(二) 退職金分 認められない

甲六によれば、訴外俊之の推定退職金は一二七五万円と認められるところ、これに生活費を三〇パーセント控除し、六〇歳までの七年間の現価を算出するためライプニツツ係数〇・七一〇六を乗じた額である金六三四万二一〇五円が、訴外俊之が本件事故によつて死亡したことによる推定退職金の現価である。他方、甲六により認められる訴外俊之の死亡時に支給された退職金は六七二万三〇〇〇円であり、右の推定退職金の現価を上回るので、訴外俊之が本件事故によつて死亡したことによる退職金分の逸失利益は認められない。

(三) 合計 三七六七万〇一一二円

2  慰謝料 二六〇〇万円

本件事故の態様、訴外俊之の生活状況、家庭環境等、証拠上認められる諸事情に鑑みると、本件における訴外俊之の慰謝料は二六〇〇万円が相当と認められる。

3  病院関係費 四万六六二〇円

当事者間に争いがない。

4  交通費 二万四〇九〇円

訴外俊之が入院した病院への交通費として二万四〇九〇円を要したことは当事者間に争いがない。

原告は、霊柩車代七万八八〇〇円も交通費として請求するが、被告主張のとおり、右は葬儀費に含めて考慮すべきであるので霊柩車代は交通費として認めることはできない。

5  葬儀費用 一二〇万円

本件と因果関係の認められる葬儀費用は、経験則上、一二〇万円と認めるのが相当である。

6  合計 六四九四万〇八二二円

二  過失相殺

1  前記争いのない事実、甲一、二、乙一、証人桜井孝男(以下「訴外桜井」という。)の証言及び被告齋藤克徳本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

本件道路は、鎌ケ谷富岡方面と沼南方面を結ぶ通称県道船橋我孫子線であり、アスフアルト舗装がされた幅員六・三メートルの歩車道の区別の有る道路で、本件事故当時は路面は乾燥していた。本件事故現場付近は、平坦、かつ、直線で、被告車及び訴外俊之の双方とも見通しはよい。また、本件道路は、制限速度は時速四〇キロメートルに規制されている。本件事故現場には、押しボタン式信号機が設置された横断歩道が設置されており、大型道路証明灯が一基設置されて明るかつた。本件事故現場付近の被告車の進行してきた側の手前には畑があるものの、本件事故現場付近は市街地で、住宅が点在しており、本件事故時は交通は閑散としていた。

被告齋藤は、制限速度を約四〇キロメートル超過した時速約八〇キロメートルで被告車を運転していたところ、本件事故現場の約八九・六メートル手前で、本件事故現場の車両用信号機が青色で横断者用信号機が赤色を表示しているにもかかわらず、本件横断歩道を横断している訴外桜井孝男外一名を発見し、約六一・九メートル走行した地点で訴外桜井が本件横断歩道を横断し終わつたのを確認した。被告齋藤は、その後、約一一・三メートル進行した地点で、前方約一七・三メートルの歩道上に訴外俊之を認めたが、前方の注視を欠いたまま時速約八〇キロメートルでそのまま進行したため、衝突直前になつて、車両用信号機が青色で横断者用の信号機が赤色を表示しているにもかかわらず、本件横断歩道を横断中の訴外俊之を初めて発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、本件横断歩道上で訴外俊之に被告車前部を衝突させ、訴外俊之を死亡させた。

訴外俊之は、本件事故の前日夜から知人の訴外桜井らと飲酒していたが、訴外桜井方に宿泊するため、飲酒先から徒歩で訴外桜井方に向かつていた。本件事故当時、訴外俊之は、相当程度酩酊し、千鳥足で歩行していた。訴外俊之は、訴外桜井らが先に横断者用の信号機の赤号表示を無視して本件横断歩道を横断した後、右方約一七・三メートルの地点に被告車が進行してきているにもかかわらず、桜井らと同様に横断者用の信号機の赤号表示を無視して本件横断歩道を横断したところ、右方から進行してきた被告車と本件横断歩道上で衝突した。

2  右認定の事実によれば、訴外俊之には、信号表示の無視、右方不注視の過失が認められるところ、訴外俊之は、未明で、交通も閑散とした道路であるといえ、横断者用の信号機の赤色表示を無視して横断歩道を横断し、しかも、右方約一七・三メートルの地点に被告車が進行してきているにもかかわらず、右方の注視を欠いて横断を開始し、本件事故に遭つたのであり、訴外俊之の過失は重大であると言わざるをえない。しかしながら、本件事故現場手前には畑があり、本件事故が発生した時刻が未明で、車両の通行量等が少なかつたとはいえ、本件事故現場付近は市街地で、住宅が点在していることに鑑みると、本件事故発生時の本件道路事情では、横断者、ひいては、横断者用の信号機の赤色表示を無視して横断歩道を横断してくる歩行者すら予測しうるところであり、自動車運転者である被告齋藤は、前方の注視を厳にし、安全な速度で走行すべきであつたと言える。にもかかわらず、被告齋藤は、制限速度の二倍にも当たる時速約八〇キロメートルで被告車を走行させ、かつ、本件事故直前には前方の注視を欠き、本件事故直前まで横断中の訴外俊之を全く発見できないまま本件事故を発生させたのであり、被告齋藤の責任は極めて重大であると言わざるをえない。

これらの事情をあわせ考えると、本件では、訴外俊之の損害から四五パーセントを減殺するのが相当である。

3  前記のとおり、本件では訴外俊之の損害合計は六四九四万〇八二二円であるから、これから四五パーセントを減殺すると、訴外俊之の損害額は三五七一万七四五二円となる。

三  既払金

本件事故にともなつて、原告らが、自動車損害賠償責任保険より三〇〇〇万円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがないので、損害残額は、五七一万七四五二円となる。

四  相続

原告英子は二分の一、原告征英及び同敏満は各四分の一づつ、訴外俊之の損害賠償請求権を相続したので、原告英子の相続した損害額は二八五万八七二六円、原告征英及び同敏満の相続した損害額は、それぞれ一四二万九三六三円となる。

五  弁護士費用

本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額、その他、本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、原告英子につき三〇万円、原告征英及び同敏満につき、それぞれ二〇万円と認めるのが相当である。

五  合計

1  原告英子 三一五万八七二六円

2  原告征英及び同敏満 各一六二万九三六三円

第五結論

以上のとおり、原告らの被告齋藤及び同永田建設に対する請求は、各自、原告英子に対し、金三一五万八七二六円、原告征英及び同敏満に対し、それぞれ一六二万九三六三円、並びにこれらに対する平成七年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で、被告大東京火災に対する請求は、被告永田建設に対する右判決が確定したときは、原告英子に対し、金三一五万八七二六円、原告征英及び同敏満に対し、それぞれ金一六二万九三六三円、並びに、これらに対する平成七年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求はいずれも理由がない。

(裁判官 堺充廣)

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